衣服を選ぶ時には、ある程度の基準が存在する。
それを遭えて文字にすると、衣服のデザインであったり、
自分が持っている服と着合わせができるかどうかという事であったり、
価格やサイズ、素材であったりする。
勿論その衣服の用途というのも重要な基準の一つだ。
だが、それは一般として"そうであろう"という基準であり、実際にはもう一つ大きな基準がある。
それは"自分との対比"である。
"自分との対比"というのは、簡単に言えば、"自分に合っているかどうか"という事だ。
例えば、「ロック好きな人が、音楽を感じる衣服を選ぶ」、「自然派な人がナチュラルな素材の服を着る」という風に
自分のインスピレーション にあった衣服かどうかと言う基準は非常に大きなウェイトを占める。
特筆すべきは、「デザインが良い=自分のインスピレーションに合っている」ではないという事だろう。
一本の映画を観て、ある人は感動し、ある人は寝てしまうという様に受け取るインプレッションは一人一人異なる為だ。
さらに面白い事は、「自分のインスピレーションに合っている=その衣服を選択する」でも無いという事だ。
やはり先程挙げた、デザイン、着合わせ、価格、サイズ、素材、用途など様々な要因が絡み合い最終的に判断する。
ただその中でも自分との対比で選択するという事が重要な傾向にあるという事をここでは言いたい。
なぜ、今回このテーマをコラムにしようとしたか?
理由は2点ある。
1点目は、衣服は一体人に対し何を与えてくれるのか、という事を考えるキッカケにしたかった。
衣食住という基本がある中で、衣服とはどういう存在であるべきなのかを今後ファッション通信でも取り扱いたいと思う。
2点目は、自分が好きな衣服とはどういうモノだろうと考えた事。
これは逆に"自分はどういう人間なのか"という事を客観的に見れると思う。
先に記述した通り、衣服を選択する中で大きなウェイトを占めているのは、自分との対比である。
そうすると自分の衣服、その扱い方を観察すれば自分という人間もおのずと見えてくるだろう。
自分が選択する服のインスピレーションが変化する時、その人もまた変化していると言える。
是非一度ゆっくりとクローゼットを観察して欲しい。
新たな発見があるかもしれないから。 |